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子ヤギの誕生記録
2013年-1
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4月1日午後    生きて生まれた子
 お昼ごろに陣痛が来ていることに気が付きました。150日目です。気づいてから2度目の陣痛で子やぎの前足と鼻先が見え、3度目の陣痛で無事出産しました。子ヤギをなめてきれいにする様子はこれまでと変わりありませんでしたが、次の子がいつまでたっても出てきませんでした。破水後に幾度も陣痛が来ているのに子ヤギが全く見えず、母ヤギは苦しそうで、陣痛も次第に弱くなってきました。大きなお腹だったので、1頭だけということは考えられず、1時間半位経過したところで電話で獣医さんから指示を受けました。生きていても出てこられないか、もう死んでしまったか・・・・とにかく子ヤギがいることを確かめ、出してやらないと母ヤギが危険になるということで、すべきことが決まりました。手の小さい私の役目です。ものすごい力で暴れるヤギを抑えてくれる夫がいなければもちろん無理でした。

  爪を短く詰め、こんな時に限ってワセリンが用意してなくて、代わりにサラダオイルを塗りました。参道の入り口よりさらに少し奥に塊があり、表面をなでると頭と足が分かりました。正常の姿勢でした。紐をかける用意をして手を入れていましたが、前足を揃え片手で2本の足をつかみ引き出しました。思わず「生きてる!と鼻先を拭いてやったほど、つい先ほどまで生きていたのだと思います。大きな子でした。
 ホッとするのもつかの間、また次の袋が弱い陣痛と共に現れました。子やぎの鼻先も蹄もやはり見えませんでした。死んでいるという判断をし、また同じように取り出してやりました。子ヤギは先ほどの子よりかなり奥の方にいて腕をずっと上の方まで入れなくてはなりませんでした。子やぎのいる場所は、熱いと表現したいほど暖かでした。なかなか頭と足の位置が分からず、最初の子の時より時間がかかった気がします。やっと足をつかんで引きだしたときには母ヤギは力尽きて、放心したようになっていました。前の子よりはいくらか小さめでした。後産は通常の分娩の時のようにじき確認できましたが、いつもなら子ヤギをやさしく呼ぶ声はしばらく聞けませんでした。夕方子ヤギがミルクを飲むのを確認できたので、母ヤギの体力の回復だけが課題になりました。4産目、まだ年ではないし、何の心配もしていなかったので、頭をコポン!とやられた気がします。こんな結果になりましたが、1頭だけでも無事に産んでくれたことに今は感謝の気持ちでいっぱいです。苦しみながらも、子やぎの面倒を見ようとする母ヤギの姿はいつもと変わらず、心に残る出産の春となりました。

 
 翌朝 やっと明るくなったころ、窓からヤギ小屋を見ると反芻する母ヤギとくっついて眠る子やぎが見えました。ホッ!。
 家の周りにはまだ青草が伸びていないので、山を下った河原で草を刈っています。ふすまとカルシウムの入った味噌汁も数日間与えることにしました。喜んで飲んでくれます。糞もパラパラ。、お隣の子と相談して耳がたれているからと、「ミタ」と名付けました。子ヤギが1頭なのは15年ぶりくらいで、死産の経験は2度目、20年以上前ニ1度きりです。1頭だとおとなしく、寝てばかり。母ヤギもまだ頼りないしぐさですが、回復してきていると思えました。。
三日目            おそらく大丈夫!だと思います。
2013.4/6
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