やぎ博士とかわうその船頭

 たいへん物知りなやぎの博士がおりました。
 ある日やぎ博士は、かわうその船頭の小さな船で川を渡っていました。やぎ博士はかわうそに話しかけました。
「船頭さんや、おまえさんは哲学についてどう思うかな?」
 かわうそは面食らって言いました。
「博士様、おいらそんなむつかしいことは、一度だって考えたことがありましねえだ。なんせ哲学ってもんを勉強したことがねえんです。」
「なんと船頭さんよ、世界はどのようにあるのか、おのれがなぜ生きているのかを考えたこともないと?なんということじゃ、それではおまえさんは生涯の四分の一を無駄にしたというもんじゃ。」
 かわうそははずかしそうにすこしうつむいて舟をこいでいきました。

  やぎ博士は次にこう言いました。
「では船頭さんや、おまえさんは歴史について、われらの過ぎた時代についてどう思うかな?」
 かわうそはまたまた面食らって言いました。
「おいら昔のことなんておいらを生んでくれた母ちゃんのことしかしらねえです。歴史ってもんを勉強したことがねえんです。」
「なんと、それではおまえさんは生涯の四分の二は無駄にしたというもんじゃ。」
 かわうそはますます下を向いてしまいました。

やぎ博士はつづけました。
「それでは物事のなりたちや不思議をときあかす科学についてはどうじゃ?」
 かわうそはなおいっそう面食らって言いました。
「博士様、おいら科学も勉強したことがねえんです。」
「なんと、それではお前さんは生涯の四分の三を無駄にしたというもんじゃ。」
  かわうその船頭はすっかりうなだれてしまいました。もしもこの次やぎ博士がなにか聞いたなら、自分の生涯の四分の四を、つまり丸ごとすべてを無駄にしてしまうにちがいありません。舟をこぐ手さえ止まってしまいました。

 その時船がドンと揺れました。川の中の大きな岩にぶつかったのです。船の底に穴があき水が入ってきました。
「博士さま、水をかき出さねえと船は沈みますだ。手をかしてくだされ。」
 けれどそう言っているうちにも どんどん水が入ってきてもう船は沈みそうです。
「だめだあ博士様、申し訳ねえですがしゃかしゃかと岸まで泳いでいってくだせえ、岸はすぐそこですだ。」
「だがのう船頭、わしは泳ぎを学んだことが無いのじゃよ。」
「なんと!」ひとことそう言ってかわうそはどぼんと川に飛び込みました。
「博士様、そいじゃあとにかくバシャバシャやってなせえ。でないと博士様の生涯の四分の四がたった今むだになっちまいますだ。」
 そう叫ぶとかわうそは大あわてで木の枝を拾ってきて、おぼれそうになっている山羊博士を捕まらせました。

陸に上がった山羊博士は水の滴るひげをなでながらかわうそに言いました。
「船頭さんよ、なんとお前さんは、生涯の四分の五を生かしたというもんじゃぞ。」
かわうそにその意味が分かったかどうか知りませんが、それ以来かわうそは
ぎーこ ぎーこ 「おいらの生涯は四分の五」ぎーこ ぎーこ 「おいらの生涯は四分の五」
と歌いながら、づーっとごきげんで船頭さんを続けましたとさ。

 

このおはなしは韓国の昔話あるいは西洋の昔話として伝わっている「学者と渡し舟の船頭」のおはなしがもとになっています。他の動物に比べ物知り顔のやぎさんが、時としておばかな災難にあい、過ぎるとけろっとしている様が、こんなおはなしを生みました。


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